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 12月17日・18日の2日間、宮城県石巻市内の2つの仮設団地へ第7次となる支援へ。

7度目の今回も30名を超える皆さんから、支援物資や支援募金のご協力をいただきました。本当にありがとうございました。

6時に東中野を出発、行きの車中、福島あたりから雪景色になりました。

お昼すぎに現地に到着し、1日目は2つの仮設団地全140世帯へお届けする日用品(支援募金にて現地で購入した、お米・お醤油・ティッシュペーパー・トイレットペーパーと中野区内の福祉作業所で作成しているクッキーとタオル)の袋分けとともに、皆さんにご協力いただいた支援物資を品目ごとに分ける作業を中心におこないました。

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2日目、石巻市内も雪吹雪となりましたが、無事に全世帯へ日用品をお届けすることができました。

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その後、仮設団地内集会室でバザーを開催。

「あっ、これ、私に似合うかしら」「孫にこのシャツいいと思うけど、どうかな」、こういったやりとりなどをしながら、集会室いっぱいにあった物資が殆んどなくなりました。

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5ヶ月ぶりにお会いした皆さん、お元気に過ごされていることに、ホッとしました。

同時に、大震災・原発事故から3年9ヶ月が経つのに、未だに仮設団地での生活を強いられている方がこれだけいること、「被災地のこと、絶対に忘れないで欲しい」と、2011年5月に私が被災地で最初にお会いした方に言われたこの言葉は忘れられません。

「復興住宅の申込みは4回目も落選。入居は早くても再来年になりそう。」

「1日でも早く安心した生活を送りたい。見通しがたつ生活をしたい。」

「消費税の増税は本当に困るよ。」

「私達のこと忘れないで下さい。」

今回もこのようなやりとりがありました。

7回目となりましたが、自分達に何ができるのか、これでよいのか、いつも自問自答しています。

それでも、やはり、できることは続けていきたいと思っています。

私自身がとても励まされることは、中野の地域の皆さんが、物資や支援金のご協力をしてくださることです。

しかも、この輪が、回を重ねるごとに増えていることです。

これまで、美容師さんによる髪のカット、劇団の方々による演劇上演、ちんどん屋さんによる演奏、沖縄の唄と踊りなどなど、これもまた、多くの方の協力があってこそでした。

「来年の初夏頃、お伺いさせていただくので、どうかお元気でいらして下さいね。」 と皆さんと握手。

「いつも、ありがとうございます。気をつけて東京に戻ってくださいね。」と、私達の車が出るまで見送って下さった皆さん。

仮設団地で生活される方がいなくなる日まで、できることを続けていきます。

皆様のご協力、重ねてお礼を申し上げます。

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(写真:後列右から3人目の方が、仮設蛇田中央団地の自治会長さん)