タイトル

 4月25日・26日と宮城県石巻市へ16名で行ってきました。

3回目となる今回は物資のお届けとあわせ、クラリネット演奏と劇団『じゃけん』の皆さんによる演劇を仮設住宅内の集会室をお借りしておこないました。

朝6時に中野を出発。石巻へ向かう東北自動車道は桜が満開でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

12時過ぎに石巻に到着。昼食をとった道の駅には、つばめの巣が。

 

 

 

 

 

 

 

 

現地の方の案内で女川町へ。

ここは18mの津波が襲いました。高台にある病院の1階も写真の高さまで浸水しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女川漁港は、昨年12月に比べると船の数が数台増えていましたが、がれきや町の様子からは復興はまだまだという印象でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院横の山には、こういったメッセージも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

市内が一望でき、桜の名所としても有名な日和山公園へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

満開の桜の向こうには、津波被害の爪痕が・・・。

なんとも複雑な心境でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、石巻日日新聞社へ。報道部長の方にもお話を伺うことができました。

ライフラインが途絶えた中、震災後6日間、手書きの壁新聞で住民に情報を伝えました。

『定規を使えば真っ直ぐな線を引くことができるが、当時はそんなことも頭に浮かばなかった。』

この言葉がとても印象的でした。

4月23日付けのしんぶん赤旗に、日日新聞社のことが掲載(PDF)されていましたので紹介させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく被災地支援報告②)